昨日から広告規制における
「患者さんの声」使用禁止問題について、
考えている訳だけど。

 
 
これを端的に言えば、
厚労省が、
「大衆は愚民なり」
と判断したってことになるのかな?
 
(これは
ヒトラーが演説を練る時の思考と同じだ)
 
 
 
さて…
 
この場に
[自分と他人の2人が立っている]
と仮定してみよう。
 
 
 
その時に、
 
自分と目の前の相手が
別の人間であり、
趣味も思考も生きてきた道筋も、
想像を絶するほどに隔絶した生き物2匹が
相対している。
 
 
ということに理解がおよび、
そこから類推していけば、
顔も身体つきも内臓機能も違うのだから、
自ずと
”体験談は体験談”でしかない。
 
 
 
ってところまで
普通は思考を導けるもんだと思ってた。
 
 
 
「“愚”か”秀”か?」の二択以前に。
 
 
 
 
…でも、今回のことで
「そうではない」ということが分かった。
 
 
仕事をする上で、
 
 
自分は何をするのか?
何が出来るのか?
何をやりたいのか?
 
 
を考えることと同時に、
 
 
 
誰を相手にするか?
 
 
 
は死活的に重要な問題である。
 
 
 
 
勿論、
仕事だけじゃなく、
日常生活においても
関係を結ぶ相手との間に
信頼も尊敬も無いのであれば
その関係は一体何なのであろうか?
 
 
 
それこそ、
マルティン・ブーバーの云う
 
 
我ーそれ
 
 
の関係だろう。
 
 
 
我ー汝
 
 
 
ではなく。
 
 
 
お互いの尊厳を大切に
仕事を進めたいものである。