昨今、
動画・音声コンテンツ、
オンライン対面ツールの発達により
“時間と距離の壁”は
木っ端微塵に粉砕された。

 
 
【人間の持つ最大の資源・時間
          と
人間同士を阻む最大の壁・距離】
 
 
この2つが破壊されたことで誰しも、
チョットした空き時間に
学びたいことを”細切れ”に学べ、
家にいながら、
地球の裏側の人とも会話ができる。
 
 
 
凄い時代である。
 
 
 
(“時間と距離の壁”を最も困難にするのは、
生者と死者の関係だが、
それはひとまずおいておこう。)
 
 
 
 
 
んで、
そんな時代にあって天邪鬼なワタクシ。
 
時間と距離を
極大に蕩尽するような仕事をしている以上、
「どう生き抜いていくか?」
は真剣に考える訳ですよ。
 
 
 
実際に会い、対話し、
会話の隙間からにじみ出る喜びや悩み。
そういったものを感知しつつ、
皮膚に触れ合う。
 
そういう仕事ゆえに、
“時間と距離の壁”自体が資源であり、
そこに依存せざるを得ない。
 
 
 
 
でも近い将来、
 
食べるだけで体力が全回復する仙豆
(@ドラゴンボール)の様なものや
入るだけで病気が治るカプセルが開発されたら…
 
 
 
(生命倫理の問題は棚上げしたとして)
遺伝子治療や出生前診断が加速したら…
 
 
 
 
 
そしたらもう、
“時間と距離の壁”どころの話ではなく。
 
 
鍼灸師という存在理由そのものを
問わなければならなくなる。
 
 
 
 
 
進歩は敵ではない。
需要の求めるただの必然。
 
 
治療業の淘汰は、
人類元来の望みであったはずだ。
 
 
 
 
“棒を穴に突っ込む”
という、
ただそれだけの行為で、
人類はここまでやってきた。
 
 
 
 
人口の爆発的増加とAIの膨隆が相まって、
人間自体が疎外されていく未来に少しの間、
想いを馳せてみても損はない。