先日の月一セッションで出た話と絡めて、
今日は、
「どのくらい(の期間)で治りますか?」
という質問について考えてみたい。

 
 
 
 
「どのくらいで治りますか?」
 
そう聞きたくなる気持ちは分かるが、
人間は(幸か不幸か)機械ではない。
 
“部品取っ替えて一丁あがり!”
ってな訳にはいかないのが世の常。
 
 
 
[あなたがどこまで求めるのか?]
で何から何まで変わってくる。
 
それは治療院選びから始まり、
己の生き方変更まで及ぶほど幅が広い。
 
 
 
 
痛みが取れればいいのか?
再発防止を願うのか?
はたまた、
今の病について、人生ひっくるめて考えるのか?
 
 
 
 
…重いって?
悪いね。そういう話が好きなんだわ。
 
 
 
 
さて、
[自分が何を求めているか?]
を考える上で重要になるのが

 
①雑草
 
②根っこ
 
③土/環境
 
 
という考え方。
 
 
 
①の場合、
「ここが痛いんです」
「はい。分かりました。治療しますね。」
 
で済む。
サクサク鍼打てばいいし、
極論、強烈な痛み止めを飲めばいい。
 
 
治療する側も
“根本治療”なんていう
ありもしないまやかしのテーゼなど掲げず、
「己の職分はここまで」という線引きをして
対応すれば良い。
 
お互いの利害が一致すれば問題ない。
 
 
[痛みが取れる=治った]
とするならば。
 
 
 
②の場合、
姿勢や食事の見直し、
あなた自身が気をつけることや
セルフケア等、
日常でやることが増えてくる。
 
「そういうのめんどくさいんだよなぁ…」
って人は①で、
適宜、雑草(痛み)を刈り取って貰えばいい。
 
 
悪いことではない。
それも生き方の1つである。
 
 
 
[痛みを起こさない身体を求める]
のであれば、
自分でやることが多くなるのは当然。
 
 
 
 
③の場合、
自己理解が重要になってくる。
 
自分の置かれた状況/環境の把握。
過去と未来の在り方。
 
 
 
そういったことを
他者との対話を通して理解していく作業が必須。
 
 
“病む”ということは、
自分ひとりの問題ではない。
 
対人関係、社会環境諸々ひっくるめて、
人は病む。
 
 
 
面倒くさい話ではあるし、
自分を育てる意識も必要なので時間はかかる。
 
(ただし、これが最終的には一番の近道となる)
 
 
 
 
〜まとめ〜
 
「どれくらいで治りますか?」
という質問に対する答えは、
「”あなたがどこまで求めるのか?”で変わってきます」
としか答えられない。
 
 
 
その人自身の要求をまず理解しないことには、
関係は成り立たない。
 
求めてないものを
押し付けてもお互い不幸になるだけ。
 
 
あなたは”どこまで”求めますか?